大判例

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大津家庭裁判所 平成11年(家)71号

主文

事件本人の親権者を相手方から申立人に変更する。

理由

1  本件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  申立人と相手方との結婚から離婚及び事件本人の親権者指定まで申立人は昭和26年○月○日Dと甲山E(以下「E」という。)との長男として出生し、生後間もなくEの実姉乙川B(以下「B」という。)に預けられて養育され、昭和48年11月12日Bの養子となった。

相手方は昭和30年○月○日甲山F(以下「F」という。)とGとの長女として出生し、その後FがEと結婚して3人で生活していた。

申立人は小学校3、4年生ころにEが実母であることを知らされ、その後数年に一度の割合でF宅を訪れることがあった。申立人は、大学卒業後、愛知県の私立a高等学校に教諭として勤め、相手方は高等学校卒業後はFの経営するb鉄工所の手伝いをしていた。

申立人と相手方は昭和60年3月2日に結婚式を行い、申立人は当時勤めていたa高等学校から滋賀県のc高校に転勤し、大津市<以下省略>にある同校の寮で同居を始めた。

申立人と相手方は昭和61年8月22日婚姻の届出をし、昭和62年○月○日長男C(以下「C」という。)、平成元年○月○日事件本人二男Aが生まれた。

平成元年1月ころ、申立人が将来はBのいる九州で生活するために就職先を探したことから、申立人と相手方はFも交えて口論となり、興奮した申立人が相手方に暴力を振るい、以後夫婦仲に円滑さを欠くようになった。事件本人出産後、相手方は体調を崩してF宅に帰って養生していたが、事件本人の出産祝いに対するお祝い返しの相談にきた申立人とFとの間で口論になり、相手方も体調が回復しないことやこれまで申立人が車を次々に買い換えたり相手方の体調を気遣わずにただ帰宅を求めるばかりの態度に対する不満があったことなどから、F宅にとどまることにした。平成元年12月8日ころ、申立人が事件本人の出産祝いに対するお祝い返しの相談のため、相手方をF宅に訪ねたところ、甲山家は乙川家とは別にお祝い返しをするとFが言い出したため、申立人及びFとの間で口論となった。申立人は相手方が自宅に戻らず、Fとも関係が悪くなる一方であったため、同月26日申立人、相手方、F、結婚の仲人、E、BらがF宅で話し合う機会を持ったが、互いに相手を非難するばかりで話しあいがまとまらず、とりあえず別居して冷却期間を置き、Cは申立人が、事件本人は生後2か月と幼いために相手方が面倒をみていくことになった。

その後、平成2年2月16日申立人が当庁に夫婦関係調整の調停(平成2年家イ第××号)を申し立てたが、親権者指定で意見が対立し、同年7月5日不成立となった。平成3年7月29日相手方が夫婦関係調整の調停(平成3年家イ×××号)を申し立てたが、申立人が態度を変えて離婚に応じなかったために、同年10月17日不成立に終わった。

平成3年11月12日ころ、申立人が離婚届をもってF宅の相手方を訪れたが、親権者の指定をめぐって口論となり、Fも介してもみ合いとなった。

他方、申立人はこのころから態度を軟化させて相手方に指輪を贈るなどして和合を目指すようになり、平成4年9月1日からF宅でCと共に5人で同居するようになった。しかし、同月4日夕食の際にCが「じじい早く死ね。バカX。」と口にしたのに、申立人がこれをたしなめることもしなかったため、申立人と相手方との間でいさかいとなり、申立人及び相手方ともに離婚を決意した。

申立人は相手方に離婚届の用紙を渡し、平成4年9月10日に受け取りに行ったところ、相手方が署名しただけで押印せず、さらに慰藉料等を請求したことから口論となり、申立人は相手方に対して殴るなどの暴行を加え、相手方に傷害を負わせた。

申立人は平成4年9月11日相手方、Fには無断で幼稚園にいた事件本人を連れて出て、Cと一緒に福岡県山門郡にいるBに預けた。相手方及びFは事件本人らの居場所をつきとめようと申立人に詰め寄ったり、事件本人を返してもらおうと同年11月26日には当時申立人が勤めていたc高校の前で「乙川Y子供を帰せ。」等と書いたビラを配ろうとしたりした。

相手方は平成4年9月28日当庁に夫婦関係調整の調停(平成4年家イ第××号)を申し立てたが、申立人は調査において、事件本人の所在を明かさず調査は不能となり、調停は不成立となった。

平成4年11月B、C、事件本人は熊本市<以下省略>に転居した。

平成5年2月8日相手方が大津地方裁判所に離婚裁判を提起し、申立人が反訴提起した。

申立人は平成5年3月30日付でc高校を退職し、事件本人らが住むB宅の近くの熊本市△△町に転居し、更に平成6年6月1日B、C、事件本人が熊本市<以下省略>の借家に転居し、申立人も事実上同居生活を始めた。

平成6年7月15日大津地方裁判所で離婚を認容し、C、事件本人の親権者を申立人と定める判決(平成5年タ第×○号、同年タ第××号)が言い渡された。C、事件本人の親権者を申立人と定めたのは、Cについては、平成元年申立人、相手方、仲人らを加えて行われた話しあいの結果、申立人がその養育にあたることになり、長男を取り巻く養育環境が安定していること、事件本人については、兄弟不分離の原則によりそれぞれ申立人が親権者になるのが相当であるとの理由である。これに対し、申立人、相手方双方とも大阪高等裁判所に控訴した。

平成7年2月14日大阪高等裁判所で事件本人の親権者を相手方と定め、申立人は相手方に事件本人を引渡せとの判決(平成6年ネ第×××号、同年ネ第×○×号)が言い渡された。事件本人の親権者を相手方と定めたのは、事件本人の養育環境は、Cほど固定したものになっておらず、幼児であるから、父親及び老齢祖母より母親の監護養育に委ねる方が好ましいとの理由である。

申立人は上告したが、平成7年10月27日上告(平成7年オ第×××号)は棄却され、上記二審判決は確定した。

(2)  親権者指定後本件親権者変更の調停申立てまで

平成7年12月26日相手方は熊本市の事件本人宅に事件本人を引きとりに出向いたが、引き取りは実行できなかった。

申立人は平成7年12月28日熊本家庭裁判所に親権者変更審判(平成7年家第×××号)を申立て(平成8年3月6日取下)、更に当庁に平成8年2月23日当庁に親権者変更の調停(平成8年家イ第××号)を申立てた。

相手方は大津地方裁判所に上記第二審の執行力ある判決正本に基づき、間接強制決定を申立て(平成8年ヲ第××号)、平成8年3月29日事件本人の引渡しと、平成8年4月6日までに事件本人の引渡しをしないときは、申立人は相手方に対し、同月7日から引渡しを終えるまで一日につき金2万円の割合による金員の支払いを命じる決定がなされた。相手方は同年4月7日熊本市まで事件本人を引きとりに出向いたが、事件本人が引き取りを拒否したので実行できなかった。申立人は間接強制決定に対し、同年4月9日抗告を申し立てたが、同年5月21日抗告は棄却された。相手方は同年10月23日熊本地方裁判所に上記第二審の執行力ある判決に基づき、事件本人の引渡しの強制執行を申立て(平成8年執ロ第×××号)、同年12月27日同裁判所執行官が事件本人宅に出向き、強制執行を試みたが、事件本人が「いや、行かない。」、「母親とは思わない。」、「会うこともいや。」等と言い、引渡されることを拒んだため、執行官は事件本人が正常な判断ができるまで待つことが相当と思料し、引渡し不能とした。

一方前記親権者変更の調停は、平成8年4月19日から平成9年10月まで計8回の調停が開かれ、この間家庭裁判所調査官の関与、立会のもと5回にわたり、相手方と事件本人の面接交渉が実施されたが、事件本人が相手方を警戒し馴染めないまま、最後には事件本人が相手方に会いたくないと面接の継続を拒否した。平成9年10月21日調停は不成立となり同日審判(平成9年家第×××号)に移行した。平成10年5月18日申立人は親権者変更が認められても相手方が抗告し、最終決着まで事件本人の不安や緊張状態が続く上に、母親へのマイナスの感情がさらに増加して親子関係の改善が根本的に難しくなるとの思いで審判を取り下げた。

申立人は平成10年4月d高校に正教諭として就労し、同年7月12日H(以下「H」という。)と婚姻した。

相手方はその後も、申立人に対し手紙、勤務先への電話等で事件本人の引渡しを求め続けた。

申立人は平成10年12月4日、事件本人が間もなく10歳に達し自らの意思を明らかにできるようになったこと及び事件本人の保険加入や旅券取得ができない生活上の不便を解消する必要があるとの理由で再度当庁に親権者変更の調停を申立て(平成10年家イ第×××号)たが、相手方は2回の調停期日にいずれも不出頭で平成11年3月18日調停は不成立となり、審判に移行した。

(3)  申立人及び事件本人の生活状況等

申立人はHと婚姻後、熊本市△△の借家に住んでいたが、平成11年4月Cの中学入学を機に約5キロ離れた現住所の借家に転居し3名で暮らしている。事件本人は近くに住む友達と離れたくなく、祖母(B)を一人暮らしにするのが可哀想という理由で熊本市○○のB宅でBと二人で生活している。また事件本人の住民登録が相手方住所にあり、事件本人を申立人の勤務先の私立学校教職員共済組合の被扶養者にすることができず、Bの健康保健(生活保護)に加入せざるを得ないことも事件本人との同居に踏み切れない事情である。

申立人は毎週末や長期休暇は必ず事件本人を自宅に連れて帰り家族4人で過ごしており、本件親権者変更が認められれば、事件本人の了解も得て一日も早く現住所で家族4人の生活をおくる決意を固めている。事件本人の在籍小学校との対応など日常のことはBに委ねているが、事件本人の少年野球などスポーツへの取り組み、学習状況などには関心が強く、事件本人の実情を把握しようとしている。休日にはCや事件本人を釣りやドライブに誘っている。

申立人は私立高校の中等部で正教諭として勤務し年収約765万円を得ており、Bは生活保護で月額約16万円を受給している。申立人は事件本人の生活費として毎月約3万円をBに渡し、書籍など金額のかさむものは別途負担している。

Hとは知人の紹介で結婚した。Hは離婚歴が一度あり、子供ができない身体であるが陽気でしっかりし、料理がうまくCや事件本人たちとも馴染んでいる。

事件本人は平成8年4月e小学校に入学し、現在同小学校の4年生である。同小学校の学科の評定はA評定が多く、学習態度もよく理解力に優れていると評されている。健康でスポーツにも熱心で、硬筆、描画で賞状も受けている。家庭では家事の手伝いや、足の痛みを訴えるBの足をマッサージしたり、布団の上げ下ろしを手伝うなど優しい面が見られる。Cとの兄弟仲はよい。

申立人、H、B、Cはいずれも事件本人の親権者の変更が認められ、家族4人での安定した生活が早くおくれることを強く望んでいる。

事件本人は今後も熊本で申立人らと生活したいと強調し、相手方と会うこと、相手方と一緒に生活することを拒んでいる。

(4)  相手方の生活状況等

相手方は離婚後もFが経営する鉄工所を手伝いNC機械のコンピュータ操作に従事する傍ら、自宅でソロバン塾を経営し、年間約350万円の収入がある。Fと同居し、相手方、Fとも健康である。Fは約1000万円の年収がある。相手方は事件本人を受け入れられるよう事件本人の部屋も準備している。

相手方は申立人が最高裁判所の判決に従わずに生活に不便だからという理由で親権者の変更を求めることには到底納得できない、事件本人との生活交渉のブランクや面接時の不調和については、「母と子であり何日か一緒に暮らせばわかりあえる。」、まず判決に従って事件本人を相手方に引渡すことを強調している。

Fも事件本人と一緒に生活できるのを強く願っている。

2  当裁判所の判断

事件本人の親権者は平成7年2月14日言い渡された大阪高等裁判所の判決(平成7年10月27日上告棄却により確定。)により相手方と定められておりその後、相手方から申立人に親権者の変更を認めるに足る事情変更があったか検討する。

大阪高等裁判所が事件本人の親権者を相手方と定めたのは、前記のとおり、事件本人の養育環境がCほど固定しておらず、事件本人が満5歳の幼児で母親の養育が必要であるとの理由である。しかし、申立人及びBが事件本人を養育監護してから7年間の長い年月が経過しており、その間事件本人と相手方は当庁家庭裁判所調査官の立ち会いのもとで5回の面接交渉がなされただけで、生活面での接触、交流は全くなく、申立人を中心とする事件本人の養育環境は固定している。事件本人はBと同居しているが、申立人は家族としての一体感を失うことのないよう週末には必ず事件本人を自宅に泊まらせ、申立人の妻とも馴染めるよう配慮しているし、事件本人も申立人との接触交流を前向きに受け入れており、経済的にも安定し、監護養育の実質は満たしている。また、事件本人は現在10歳で小学校4年生で、必ずしも母親の養育監護が必要な年令とはいえない。更に、事件本人は相手方と会うことや大津に行くことをはっきりと拒否し、親権者変更を強く希望している。事件本人のこの意思は、幼少のころは、申立人の意向に影響されたことがあるかも知れないが、事件本人は小学校の成績も優秀で理解力もあり、事件本人と同居して親権者変更の審判結果を待ちたい申立人に抵抗して、長年養育を受けたBの心情をおもいやってBとの同居を主張しこれを実現するなど、自己主張ができる年令に達したことを考えると、事件本人の意思を尊重しなければならない。

以上を総合すると大阪高等裁判所の判決当時と比較して事件本人の親権者指定の事情は大幅に変更されている。しかし、この事情変更は、申立人が平成4年9月11日相手方に無断で幼稚園から事件本人を連れ去ったことに端を発し、事件本人の親権者を相手方と定め、事件本人の引き渡しを命じた高等裁判所の判決及び大津地方裁判所の間接強制決定等の司法判断に従わなかったことが主な原因であり、そのことは非難される行動である。一方、相手方には上記事情変更に関し何ら責められることはなく、相手方の事件本人に対する愛情、監護能力、経済的家庭環境、親族の援助等申立人と比して劣ることはなく親権者として不適当なことはない。

しかしながら、本件親権者変更を却下しても事件本人が相手方と生活を共にすることは事実上極めて困難で、事件本人は精神的に不安定なまま、非親権者の下で不便な生活を余儀なくされる。事件本人の福祉を唯一・最大限に考慮すると、今後さらに発達成長する事件本人の意思及び長年続いた現状を尊重して、事件本人の親権者を申立人に変更し、申立人の責任において早期に同居し、事件本人の兄Cと共に安定した家庭環境で生活させるのが望ましい。

最後に、事件本人及びCに実母に対する負のイメージを抱かせ続けるのは同人らの性格形成上弊害が大きく、同人らの監護を担う申立人がこのことを十分理解しその解消に向けて努力し、将来同人らと相手方が円滑な温かい交流ができるよう配慮することを切望する。

よって、本件申立は理由があるから認容することとして、主文のとおり審判する。

(家事審判官 村地勉)

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